20081007(火) <<前日 | 翌日>>

起床時刻: 14時00分

今日の気分(本文)

7時間寝た。

昨夜「デイ・ウォッチ」を観た。
もちろん期待をせずに観たのだが、それすら裏切られる程の出来の悪さ。
ストーリーが脱線しまくりで殆ど支離滅裂に近い。
序盤はイライラさせられる脚本だし、中盤は何を見せたいのか主旨が逸れている。
エンディングに至っては、有って無いようなパラダイムが崩壊してるし…。
結局は作り手側の思い付きを練り込みも取捨選択もせずに全部詰め込んだ感じで、
「やりたいことやりました」的な映画。
しかも、いやそうだからなのか2時間半もある長編になってしまってる。
さらに呆気にとられたのは、メイキングムービーを観てから。
どうやら制作者たちは真面目に十分練り込んだつもりでいるらしい。
そのうえ、キャストがストーリーやテーマについて勝手な解釈を持っているようで、
その点の意思統一など、加えて製作行程の現場での打ち合わせの様子を見るからに、
作品の悪い点が製作段階に存在しているように見えた。
そう思うと、作品にはやはり製作行程そのものが現れるのだと…。
前日観た「ウォンテッド」はなかなかに良いバランスの映画だった。
なぜ、同じ監督でこうも出来が違うのか?
たまたまの奇跡だったのか?
まずは、製作環境が「ナイトウォッチ」などはロシアであり、
「ウォンテッド」はハリウッドであることが挙げられる。
この違いはおそらく作品内で出来ることと出来ないことの製作上の規制があるだろう。
まちがいなく、ハリウッドの方が緩和的だ。
その違いにも増して、前者はロシア国民向けに、後者は無論米国人を経て世界に、
という制作意図や方向性が違うことがあるだろう。
これは、原作に潜む国民思想などの影響を色濃く反映しているようにも思える。
明らかに前者は、ロシア国民でなければ共感し得ない暗黙の了解が存在しそうなて点で、
原作は内向的であるように思える。
後者は言うまでもなく、典型的なアメリカンヒーローの善と悪の物語が基底にある。
それは原作がグラフィックノベルのマーク・ミラーと
J・G・ジョーンズであることからもはっきりと分かる。
「ウォンテッド」では、監督のティムール・ベクマンベトフが
脚本から手を引いていることも大きいかもしれない。
なんせ「デイ・ウォッチ」では、自分の名前を充てた「ティムール」という
登場人物が全編を通しての重要な役割を果たしているのだから。
ある意味、作品をこんな形で自分の物にしてしまうのは如何かと思うのだが…。
つまり、作品の出来は監督ではなく原作や脚本、製作環境に大きく依存するのではないか?
そう考えると、作品の顔となる監督の名義は意味をなさないのかもしれない。
確かに監督の手腕は重要であるが、ひとりで作っているのではないのだから。
出来の悪い作品を作った時に、監督に汚名がつくのは辛いところかも。
漫画でも同じことが言えるので、良い原作を充ててもらわないと、
絵やネーム構成ではイカンともしがたいものがあるのは事実。
ああ…、人ごとではない話になって来た。
やっぱりそれなりに観て意義があったのかも(苦笑)

【今月の睡眠時間】36時間30分
【2008'トータル睡眠】1254時間15分

【昨日歩いた歩数】689歩
【移動距離】0.34Km
【歩いた時間】7分

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